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あの頃のサミタラ :: 《7》

  • posted by: uro
  • date: 2010/02/22 AM12:10 (月)

 「あなたは、なぜそんな島にいたんですか? 」
 在彦(ジェオン)の物言いが詰問調になっていた。それも、「于山島(ウサンド)」に対する、当時の一般通念からすれば無理もないことだったかもしれない。何しろ、その頃の高麗(コリョ)では、”流人(るにん)の島”、”耕地少なく険しいばかりの島”、”倭賊が襲来する島”というイメージがすでに定着してしまっていた島だったから。
 「俺は、自分の良心に恥じることなど何一つしていない」
 それを察知したジンベイは苦笑しながら応じた。何も悪いことをしていないのになぜ? とジェオンが食い下がった。
 「権門勢族といわれる連中が奪い取った土地を元の持ち主に返しただけだッ! 」ジンベイは毅然(きぜん)とした態度で言い放った。
 それがなぜ、島流しにされるほどの重罪になるのか…その頃のジェオンには理解できなかった。ジンベイは、納得できないジェオンの心の内をその表情に見てとった。そして、高ぶった自分の気持ちを落ち着かせるようにしながら語った。
 「かつて、権門勢族が、カネの力で雇った傭兵(ようへい)の暴力を使って隣接する良民たちの土地を奪い、彼らを奴婢(ぬひ)身分におとしめた。連中は大農場の主になっていった。国全体にとっても連中の特権は国庫を疲弊(ひへい)させる原因になっていたのだ。それを先代の恭愍王(コンミンワン)さまが連中の勢力を削ぐため、ある僧侶を還俗(げんぞく)させて国政に参加させるために抜擢(ばってき)した。…もちろん、連中は猛烈に反発したさ。どこの馬の骨とも知れぬ坊主を国政に関わらせるなど前代未聞だとな。そのへんがあの王様の非凡なところだったと今更ながら思う…」
 ジンベイはそこまで一気に言うと一息入れてから話を続けた。
 その無名の僧侶がどこで、どういういきさつで、かの王様と出会ったかは知らない。彼は王様の期待に応え、内政の改革を進めた。
 まず、ジンベイの言う”権門勢族”と呼ばれる連中が不法な手段で手に入れた土地をちゃんと調査して、本来の所有者に返したり、奴婢(ぬひ)におとしめられていた人々の身分を回復したりした。
 「それが、特権に慣れた連中には気に入らなかったのだ」とジンベイは語った。
 「そんなことがあったんですか。知らなかった…」とジェオン。
 「お前の年代では知らないのも無理はない」そうジンベイは言い、「俺の仕えたお人は、連中の猛烈な巻き返しのなかで、反逆者として処刑された。今でも、たぶん国では名誉も回復されずに、王様をたぶらかした張本人、”妖僧”などと中傷されているだろう。だが、この俺が生き証人だ。俺はそのお人のおかげで、奴婢(ぬひ)から良民に戻れたし、官吏への道もひらけたのだ。それも長くは続かなかった。シンドンさまが失脚して殺害されると恭愍王(コンミンワン)さまも政治に関心を失くし遊興におぼれるようになった。またも権門勢族がのさばるようになってしまった…」と語った。
 「まあ、ここで、こんなことをお前に言っても、おとなの愚痴(ぐち)にしか聞こえぬかもしれんな…」
 「この島を抜け出して国へ帰ることは考えないのですか? 」とジェオンは言った。
 ジンベイは、しばらく考えるように遠くを見る目をしていたが、首を振りながらこう応じた。
 「あのまま于山島(ウサンド)に置き去りにされていたら、今こうして、隠された事実をお前に伝えることはなかっただろう。反逆者の残党という汚名をきせられたまま朽ち果てていたところだった。俺も、お前たちと同じ被虜人(ひりょにん)としてこの島へ連れてこられた。いつ殺されても、のたれ死んでも、不思議じゃなかった。だが、通事(つうじ)という仕事が生きる道をひらいてくれた。俺とっては、この島も捨てたものではないのだ」
 「たくさんの人たちが死んだのに!? …」とジェオンは涙ぐんで言った。船の材料となる木材を伐り出す最中に起こった事故のことがいまだに忘れられなかった。
 「チェ・スン…とか言ったな。気骨のある男だった。あの者とは、出会い方が悪かった」ジンベイはそう言うと、気を取り直すようにこう言った。
 「だがな、この島にいるといろんな話が耳に飛び込んでくる。いろんなものが見えてくるんだ。この国の、都の連中などは辺海の孤島などとテマドを蔑(さげす)んでいるようだが」
 「いろんな話ってどんな話? …」ジェオンがきょとんとしていると、ジンベイは、例えば、と言った。
 「この前、早田(そうだ)の若を襲った男を取り調べてわかったことだ。お前は早田(そうだ)の若(わか)の、命の恩人だから特別に話そう。だが、ここだけの話だ。誰にも言わぬと約束できるか? 」と言った。
 ジェオンがジンベイの目を見てこっくりとうなづく。
 「彦次郎(ひこじろう)にも言ってはならんぞ」とジンベイは念を押した。
 「あやつは太宰府(だざいふ)にいた頃、懐良親王(かねよししんのう)という人物に仕えていた侍らしい。太宰府(だざいふ)から落ちるとき、本隊とはぐれて博多津から壱岐(いき)を経てこのテマドに逃れてきた一団のひとりだった。征西府(せいせいふ)がまだ盛んだった頃、この国の京にあるほうの朝廷を担(かつ)ぐ勢力と対抗するため、中原(ちゅうげん)を制した明(ミン)の軍事力を後ろ盾にしようと画策したことがあるそうだ。はじめ俺は信じられなかった。今の明(ミン)に他国の内乱に首を突っ込んでいるヒマはない。明(ミン)に大都(今の北京)を落とされ、モンゴリア高原に追われたとはいえ、元(げん)の皇室自体は健在だ。まだ南下の機会を狙っているだろう。しかし、その男は実際に明からの使節に同行して南京(ナンキン)まで行ってきたと言う。祖来(そらい)という使節僧の護衛役だったそうだ。先だって明の政権内部で大規模な反乱未遂事件が起こったらしい。皇帝の右腕だった胡惟庸(こ・いよう)とかいう男、それに倭寇防衛の要職にいた林賢(りん・けん)とかいう男が首謀者だという。そいつらと懐良親王(かねよししんのう)を担ぐ勢力が連携していたという話だ。”日本国王”の名義を手に入れるためにな。ところが待望の冊封使が博多津に到着したときには、京の朝廷を担ぐ対抗勢力に太宰府(だざいふ)を奪われて連携どころの話じゃなくなった。明の皇帝、朱元璋(しゅ・げんしょう)が送った使者はさぞや仰天したことだろうな。自分らが”日本国王”といったん認めた勢力の首領がたった数年で政権の座から転落していたわけだから」
 「あの男は、どうなったの? 」とジェオン。
 「島主さまのいる筑紫(つくし)へ送られたようだ。勝手に私刑をするな、とのことだった。九州探題(きゅうしゅうたんだい)の今川了俊(いまがわ・りょうしゅん)さま直々の要請だったらしい」とジンベイ。
 「きゅうしゅうたんだい、って何? 」とジェオンは問うた。
 「九州探題というのは、京の朝廷を担(かつ)いでいる側の、筑紫(つくし)の出先機関だ」とジンベイが説明した。当時は九州本土を「つくし」と呼ぶのが普通だった。
 ジンベイの解説によれば、九州全土の政治、経済、軍事のすべてを統括する強大な権限を中央政権から与えられている。
 「ふだんこの島には住んでいないが、宗家(そうけ)の島主さまはその家臣だ。そして、俺の仕える早田(そうだ)の大殿も、島主さまの家臣のひとりさ」と言った。
 ジェオンが納得のできない顔をしているのを見て、ジンベイは言った。
 「まあ、お前にとっては、海賊の親玉にしか思えぬだろうがな」
 「あの男は、刺客は、何の罪にも問われなかったんですか? 」とジェオンは質(ただ)した。
 「命を狙われたのは早田(そうだ)の若だが、それを裁くのは筑紫(つくし)にいる島主さまだからな。若は地団太踏んで悔しがったさ。血の気の多いお人だからな」とジンベイは応じて苦笑した。
 「ところで。高麗朝廷の、今の王様を知っているか? 」とジンベイがたずねた。ジェオンはまったく知らなかった。
 「俺が恭愍王(コンミンワン)さまの崩御(ほうぎょ)を知ったのは于山島(ウサンド)に流されてから数年後のことだった。今の王様は特権貴族の操り人形でしかない。何せ即位したのが十歳の時だ」
 ちなみに、恭愍王(コンミンワン)が亡くなったのはジェオンが五歳の頃だった。民衆には病気で亡くなったと知らされていた。ジェオンも父親などからそう聞かされていた。しかし、ジンベイの話によればこうだった。世間では、恭愍王(コンミンワン)がある寺院に御幸(みゆき)されたとき、にわかに体調を崩して急死したことになっていた。だが、身近に仕えたこともあるジンベイから見れば当時は壮健そのものだったという。おそらく、何者かによってひそかに謀殺されたものだろう、とジンベイは確信していた。
 「かつて、元朝(げんちょう)からの自立を積極的に進めておられた王様だったからな。モンゴルの皇室と密接に結びついていた親元派の特権貴族たちからは特に目の敵にされていたものだった。連中なら自分たちの身を守るためになんでもやっただろうな。高麗朝廷を守るためという大義名分のもとにな」
 「おいらには、何が正しいか、わからなくなった…」ジェオンはそう言いつつため息をつく。
 「何が正しいかは、そいつの立場によって違うさ。俺とおまえだってそうだろ? 」とジンベイは言った。「俺が今仕えている早田(そうだ)の大殿はお前から見れば倭賊そのものだ。だが、于山島(ウサンド)で流人(るにん)のまま、くたばる運命だった俺にとっては命の恩人なんだ。お前が何と思おうとな」
 「おいらの両親は倭賊に殺された。弟はどうなっているか…あの連中は許せないッ! 」ジェオンが大声をあげた。
 「倭賊、と一言で言っても」とジンベイは続けた。「テマドだけじゃない。日本本土からこの島に逃れてきている連中もいる。明の皇帝に追われた張士誠(ちょう・しせい)の残党もいれば、高麗沿岸や島々の住民、耽羅(タンラ。今の済州島(チェジュド))の住民もいる。連中には特定の国への帰属意識などない」
 「おいらのオモニは目の前で殺されたんだ。あれは高麗人や中国人じゃなかった。倭人(わじん)だった」
 「そうか。たぶん日本本土の連中だろう。お前たち家族が襲われたのは晋州(チンジュ)だろ? 早田(そうだ)の大殿の軍勢は水軍衆だ。そんなところまで入り込むことはない。それに倭人(わじん)という呼び名は日本人だけを指すわけではない」とジンベイは応じた。
 「倭人がすべて日本人ではないの? 」とジェオンは不思議な顔をした。ジンベイは大きくうなづくと、
 「同じ中国でもな、長江下流域の江南人は中原(ちゅうげん)や華北の人々から”倭人”と呼ばれていたんだ。呉(ご)や越(えつ)という国があった大昔のことだがな。例の張士誠(ちょう・しせい)の勢力がまだ盛んな頃、自ら”呉の国王”と称した。日本人はその国号に何かしら親近感を感じたらしい」
 ジェオンにとっては、まったく新しいものの見方だった。そういう捉え方もあるのか、と。
ジンベイは続けた。
 「人物の評価だッて立場が変わればまったく逆になる。世間では、これは忠臣だ、あれは逆賊だ、と判で捺(お)したように決めつける。どこの国でも同じだ。国というものが、絶対不変のもの、という思い込みがあるからだ。そのことに気がついたとき俺はこう思った。国というワク組みにとらわれない生き方もあるんじゃないか? とな」
 「国のワク組みにとらわれない生き方、ですか? 」とジェオン。
 「そうだ。すでに、それぞれの国自体が変わり始めているじゃないか。これから先、変わるぞ。高麗も、日本も、中国も。しかも、それぞればらばらに変わり始めているようでいて、それぞれつながっているんだ。俺は祖国を離れてはじめてそれがわかった。それを近頃ひしひしと肌で感じるんだ。俺は高麗(コリョ)には戻れぬ身だ。死んだことになっている人間だ。戻りたくもない。だが、お前は違う。戻るべきだ。その機会はきっと来る。その日を信じてあきらめるな。国に帰ったらここでの体験を生かす仕事をしろ」
 ジンベイは最後にこう言った。
 「お前の弟のことは気にかけておく。早田館(そうだかん)に出入りしている博多の商人の話では、高麗人の被虜人(ひりょにん)が日本国内だけじゃなく、もっと南のリウキウあたりまで売り飛ばされているそうだ」
 「リウキウ…? どこかの国の名前ですか? 」とジェオン。
 「俺はまだ行ったことはないが、いくつかの勢力に分かれていて、一つの国にはなっていないらしい。その勢力の一つが博多商人などを介して高麗朝廷に接触を図っているらしい」
 「何のためでしょうか? 」とジェオン。
 「俺が思うに…」とジンベイは言った。「通交関係を結ぼうとしているのかもしれん」
 「商売上の取引ですか」とジェオン。
 ジンベイは首を横に振った。
 「いや違うな。商人同士の商売上の取引ではあるまい。リウキウというところの、その勢力は交易で得た利益を国づくりの基盤にしているようだ。被虜人(ひりょにん)を無事に送り返す見返りとして、高麗や日本、中国の諸勢力との間に、国家規模の通商関係をひらきたいんだと、俺はみる」
 「リウキウ…」ジェオンは、はじめて聞く、その名を独り言のようにつぶやいていた。
 「これは気休めに言うのではない」とジンベイは言った。「日本の九州探題にしても、リウキウの有力者にしても、被虜人(ひりょにん)の送還を、高麗との通交権を手に入れる切り札にしているようだ。賊軍だって、単に殺すために拉致(らち)するわけではない。お前の弟もどこかで生き抜いているかもしれん」(つづく)

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