対馬(つしま)の中央部、朝鮮海峡に面した浅茅湾(あそうわん)。その内海側に位置する土寄(つちより)の港。
荷降ろし作業のために緊急動員された被虜人(ひりょにん)たちが、三々五々集められてきていた。”被虜人(ひりょにん)”とは、拉致、掠奪されてきた人々をいう当時の言葉だ。湾内には物見船(ものみぶね)がしきりに行き来している。船着き場では、鎖帷子(くさりかたびら)を身にまとい、槍や刀で武装した兵たちが、警備に神経をとがらせている。この辺りを本拠地とする早田党(そうだとう)の手下連中のようだ。
「お帰りじゃ! 」
そのうちのひとり。警備している連中のリーダー格の男が叫んだ。外海と内海の潮の流れがせめぎ合うあたりの山の頂上を指差している。手下の兵たちが首を長くしてそちらの方角を望むように見やっている。ちょうど浅茅湾(あそうわん)の北側の突端あたりの山上から白い煙があがっているのが見えた。狼煙(のろし)だ。何かの合図のようだ。
間もなく、内海の入り口である”大口の瀬戸”あたりから船団が姿を現した。鐘(かね)や太鼓を打ち鳴らしている。船着き場のほうでも太鼓が打ち鳴らされている。船団と船着き場の双方で互いに相呼応しているかのようだった。
船団の全貌が明らかになってくる。どうやら、数十艘の小型の軽疾船(けいしつせん)が、何艘かの荷船のような船を先導するように内海をこちらにこぎ寄せてくる。
先頭集団の中央を滑るように進んでくる軽疾船の舳先(へさき)には何者かが仁王立ちになっている。小柄な人物らしい。
「子供か? …」
在彦(ジェオン)少年の隣りでそのさまを眺めていた崔淳(チェ・スン)が、周りに聞こえないような声でつぶやいた。
彼は、租米運搬船の水夫(かこ)をしていただけあって、遠目がよくきくらしかった。
荷降ろし作業に駆り出された人々以外にも、浦人(うらびと)たちが、いつの間にか、桟橋(さんばし)の周辺にワンサカ集まってきていた。彼らは何事かをしきりに叫んでいる。
「何を言っているんだろう? …」とジェオン少年がつぶやく。
「大漁だ、大漁だ、と喜んでいるのさ…」
背後から意外な声が返ってきた。
ジェオン少年がハッとして振り返ると、早田(そうだ)の館に通訳として仕えている男だった。
「…とはいえ、獲物は魚じゃない。年貢米を積んだ高麗(コリョ)の運搬船だ」その男は言った。
「間違いない。俺もあの船の水夫(かこ)だった…」
そばにいた崔淳(チェ・スン)が応じた。
「船ごといただくとは相変わらず手際が良いことだ」
そう言い残すと、早田(そうだ)の館の通訳の男はその場を立ち去ろうとした。
「あんた、高麗人だろ? どうしてここの倭人(わじん)どもの手下になってるんだ? 」
崔淳(チェ・スン)が通訳の男の着衣をつかんで、問い詰めるように言った。
「その手を離せ…」
男は崔淳(チェ・スン)をにらみつけた。しかも、感情を努めて抑えながら、つかまれた腕を振り払った。そしてその場を去った。
その間に、帰還してきたすべての船が間近に迫った。
先導してきた軽疾船(けいしつせん)が進路をあけた。するとエスコートされてきた荷船が桟橋(さんばし)に横付けされた。崔淳(チェ・スン)が言った通り高麗(こうらい)の運搬船だった。しかも、王都・開京(ケギョン)に租米を運ぶ運搬船だった。積み荷は米や雑穀、豆などの食糧だ。
船体のあちこちに火矢(ひや)が突き立っている。しかし積み荷自体が目的らしく、船体そのものに大きな損傷は与えていないようだ。おそらく慶尚道(キョンサンド)南岸のいずれかの港の穀倉(こくそう)から西海ルートで王都へと向かう途中で襲撃され乗っ取られたのだろう。
「俺が働いていた船の二の舞だ…」
崔淳(チェ・スン)が積み荷を担ぎながら、吐き捨てるように言った。
積み荷の陸揚げが一段落すると、荷船はどこかに移動させられた。そのあと、浅茅湾(あそうわん)に遊弋(ゆうよく)していた兵船群が続々と入港してきた。
桟橋(さんばし)の周辺を警護していた武装した連中が何事か叫んでいる。道をあけさせているようだった。よほど重要人物が通るのだろう。
一艘の軽疾船(けいしつせん)が先頭をきって桟橋(さんばし)に着岸する。待機していた連中がすばやくその船を舫(もや)った。
舳先(へさき)に立っていた人物が、渡し板を踏みしめてイの一番に下船した。
よくよく見ると、ジェオン少年より何歳か年長とはいえ、まさしく少年だった。軽量の水軍鎧に皮製の兜をかぶっていた。右手には朱塗りの船槍(ふなやり)を握りしめていた。船槍の先端には三日月形の鎌(かま)が付いている。
何より印象に残ったのはその少年の面相だった。隻眼(せきがん)である。その左目には真っ赤な眼帯を付けていた。
一瞬だった。その少年と視線が合った。あっという間だった。早田(そうだ)の館のほうへ走って行く。そのあとを、十数人の武装した海武士(うみぶし)たちが鎖帷子(くさりかたびら)が擦れ合う音をさせながら足早に駆け抜けていった。
港周辺に集まってきていた浦人(うらびと)たちがそのあとを追い駆けて行った。その少年を称えているような雰囲気だった。ジェオン少年にはそう見えた。
「まさか…あいつが、ここの海賊大将じゃあるまいな」
崔淳(チェ・スン)があきれ顔で言った。二人は群衆に交じってそのさまを眺めていた。
やがてジェオン少年は共同作業をお役御免となった。対馬に拉致(らち)されてきた時分(じぶん)に配属された老人の家に戻された。見覚えのある小屋が見えた。早田(そうだ)の館の侍に連れられ、再び小屋の主である老人に引き渡された。
老人は破れた網を手入れしていた。彼は、ジェオン少年を連行してきた侍が館のほうへ去っていくのを見届けると、手を休めた。そして立ち尽くしているジェオン少年を一瞥(いちべつ)した。
「まあ、そこにでも坐れ」
高麗語だった。そう言って、老人はジェオン少年のそばにある切り株を指差した。
ジェオン少年は驚いた。以前は、ほとんど口をきいたこともなかった。口がきけないのだろうか、と思ったほどだった。
老人は片足が不自由だった。右足の膝(ひざ)から下が義足(ぎそく)のようであった。
「よく陽に焼けたな」と老人はぽつりと言った。
聞き取りにくいが、まぎれもなくジェオン少年の母国の言葉だった。ジェオン少年が戸惑っていると、ご先祖は昔々あっちからやってきた、と朝鮮海峡のほうを指差した。
「おじいさんは、高麗人なんですか? 」とジェオン少年は問うた。
「わしはこの島で生まれた対馬人じゃ」とぶっきらぼうに言った。少し間をおくとさらに続けた。
「まあ、なんじゃな。行ったこともない鎮西(ちんぜい)や京の都もわしには異国じゃがな。それに比べれば高麗(こうらい)のほうが身近じゃわい。ほれ、天気の良い日に山に登れば高麗(こうらい)の山並みが見えるでのう。ときにお前はどこで生まれた? 」
鎮西(ちんぜい)とは、今でいう九州本土を総称した言葉だ。
「巨済島(コジェド)…」とジェオン少年は答えた。
「ほお、コジェドかい。ここからもっと北のほうの、佐須奈(さすな)あたりからだとよく見える」と老人は応じた。
ジェオン少年が故郷の巨済島(コジェド)にいた頃だった。父親に連れられてよく登った山から、東の海に見えていたところはそのあたりかもしれない。黒っぽい恐ろしげな島影が幼い時分の彼の脳裏(のうり)に焼き付いていた。倭賊(わぞく)がやってくる鬼が島。因果なことに、彼は今、その”鬼が島”にいた。…ということは、先祖はどうあれ、この老人も鬼の仲間か? …そう思うとジェオン少年は背筋をひんやりした汗が伝っていく気分だった。
「お前の国の人から見れば、今やこの島は好ましいところではないかもしれぬな」老人はそう言って笑った。はじめてみる老人の笑顔だった。前歯が何本か抜け落ちたその笑顔はジェオン少年には不気味だった。
「じゃが、わしはお前を獲って食おうとも思わぬがなあ」
ジェオン少年が老人の足が不自由なのを痛々しげに気にしているのを察したのか、いつになく饒舌(じょうぜつ)に語った。
「この脚が気になるか? 」と老人は言って、「これはなあ、早田(そうだ)の殿の配下(はいか)だった頃、兵船の水夫(かこ)をしていた頃じゃが、船戦(ふないくさ)で失くしての。あの頃は、わしも血の気が多かったほうじゃった」
そう言うと、老人は明るく笑い飛ばした。ジェオン少年は、子供心に、まずいことを聞いてしまった、と後悔した直後だったので、老人の意外な反応にほっと胸をなでおろした。そこで、さらに知りたいことを問うてみた。
「どうして、おいらはここに戻されたの…ですか? 」
「塩田(えんでん)の作業は、これからますます大変じゃ。子供では身がもつまい。わしの手伝いのほうがましじゃろう。そう早田(そうだ)の殿に進言(しんげん)したお人がおる」(つづく)


