雑煮の汁は地域によっていろいろだ。醤油ベースのすましあり、味噌ベースあり…
かつては、いわゆる”ハレ”の日にだけ食べられた餅(モチ)も、今では年中手に入る食品になりました。そんな現代でも正月はやっぱり雑煮(ぞうに)でしょう。餅は正月の主役だから。餅の原料はコメです。コメは栄養面からいってもすぐれた食品、というのは誰もが認めるところです。
よく韓国へ行くのですが、ソウル滞在中に必ず立ち寄るのが屋台です。そこでよく食すのが餅料理です。韓国は餅料理の本場でっせ。とにかく餅料理の種類が多い。ワタクシがいちばん好きなのが「トッポッキ」というやつ。細長い切り餅を炒めて蒸したものですが、甘辛くて、どちらかというと女性に人気、ですね。ワタクシは、餅料理こそ韓国の”ソウルフード”じゃないかな、と感じています。
コメを食べる文化、稲作文化が、東アジアで定着するのは紀元前3000年ごろ。場所は今日の中国の江南地域、つまり長江の中流域から下流域にかけてのエリアです。私たちが日々お世話になっているジャポニカ米はその長江下流域が故郷です。稲作文化は、そのエリアから朝鮮半島経由で渡来人が日本列島にもたらした、というのが現在ではほぼ事実のようです。
日本列島側に渡来してきた古代のヤマト朝廷指導部も、コメを”聖なる食物”と特別視し、水田稲作にはことのほか思い入れの深い人々でした。なにしろ、コメそのものを主税とするなど、国家経営の基盤にコメを位置づけたほどです。血は争えません。
まだ”戦後”と言われた1950年、わが国の首相経験者で、大蔵大臣(現・財務相に相当)の頃、”貧乏人は麦を食え”という発言を参議院でおこなったとして、おおいにひんしゅくをかった男がいたようです。実際は、その発言通り言ったわけではなく、マスコミが創作した”見出し”だったそうです。要は、本人にとって言いたかったことは、”所得の少ない人は麦を多く食う、所得の多い人はコメを食う、というような経済の原則にそったほうへ持っていきたい云々…”という趣旨だったそうですが。ま、いずれにせよ、そういう発言が出てくる深層心理にも、日本人のコメに対する異常なまでの信仰が感じられます。コメを仏さまの骨に見立てていまだに”銀シャリ”などと呼んでいるしねー。
そういう白米信仰は今も根深いものがありますが、その反面、精米した白米だけよりも、玄米ご飯、あるいはムギ、ヒエ、アワ、キビなどの雑穀を混ぜた雑穀ご飯のほうが栄養バランスがよいとされ結構人気です。
古来、東アジアでは、医食同源、薬食同源という考え方があります。漢方薬に詳しい方の話では、漢方の処方というのは一種類ではなく複数組み合わせることでそれぞれの素材の持ち味を引き出す。つまり何種類かの自然由来のものをブレンドすることで効力を発揮するんだ、と聞いたことがあります。
大事なのは多様性を認め、いろんな素材を組み合わせることじゃないでしょうかね。雑煮もコメ由来の餅が主役とはいえ、汁のもとである醤油や味噌の原料である大豆(だいず)、および具材の野菜や肉が加わって成り立ってるんです。人はコメだけで生きてるわけじゃありませんから。(OのF)
くれぐれもノドつまりにはご注意を…


