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”八百比丘尼(やおびくに)”

  • posted by: uro
  • date: 2010/09/03 PM11:16 (金)

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”八百尼”とは、”八百比丘尼(やおびくに)”の略。直訳すれば、”八百歳まで生きた尼さん”(!?)


 舞台は若狭国(わかさのくに、今の福井県嶺南地域)の小浜(おばま)。こういう伝承が生まれ広まるためには時代背景がある。現実にその女性が生きた時代は、今で言う”日本海側”の交易ルートが最も躍動していた中世だろう。とくに、わが国で言う室町時代初期。15世紀ごろか。 ”人魚(にんぎょ)の肉を食って八百歳まで生きたネーチャンの話”、いわゆる”八百比丘尼(やおびくに)”伝承は全国各地にあるようだ。”八百(やお)”とは具体的な年数をいうわけではない。”八百屋”さんの”やお”と同じで、”たくさんの”という意味。享年七十歳か八十歳かわからないけど、当時としては長生きした女性だったんだろう。”人魚”の肉を食べたから長生きしたかどうかは疑問だが。このところ、現代社会に合わない戸籍(こせき)制度のせいで、百五十歳やら二百歳とかの”超高齢者”が記録上生存するという珍事があちこちで起きているけど、こっちは八百歳でっせ。ウソもここまで来ると、ほんとかよ(!?)となる。
 ”人魚”扱いされた動物の正体とは何か。南のほうではジュゴン、北のほうではアシカやアザラシなどだ。中世東アジアの漢字文化圏では「海獣」と表記されている。
 こういう伝承が出回るということは、それだけ「海獣」と呼ばれた動物の肉や皮革などを利用した歴史があるということだろう。
 若狭(わかさ)の国の小浜(おばま)は、かつては東アジア屈指の有名な港町だった。若狭沖は、海流の関係上、対馬暖流が流れている。対馬暖流は、南から北上してくる黒潮から分かれて朝鮮海峡や玄界灘を通過、日本海側の沿岸部を望みながら津軽海峡や蝦夷地(えぞち)と呼ばれた今の北海道方面へと流れていく。博多から出雲、小浜、敦賀(つるが)、能登(のと)、十三湊(とさみなと)から蝦夷地へ。それは中世日本を支えた海の大動脈ともいえる交易ルートと重なる。”八百比丘尼”伝承も、そういうルートで海を生業(なりわい)の舞台とする人々によって広まったんだろう。
 小浜市内で入手できるガイドマップには、小浜湾にほど近い空印寺(くういんじ)に”八百比丘尼”が全国行脚から戻ったあと、籠(こも)って亡くなったという洞窟がある。何しろ洞窟の前に石像までこしらえてある。ほとんど観光スポットだ。
 しかし、若狭にはゆかりの地がほかにある。小浜市の東のほうの割と山間部に遠敷(おにゅう)という里がある。そこの地で「八百比丘尼(やおびくに)の墓はどこですか? 」と地元の方にたずねたところ、即座にある場所を教えていただいた。それが上の写真。そこは、感覚的には山村地域なのだが、海と縁が深い地域でもあった。福井県と滋賀県の境、おにゅう峠を越えれば、小浜と京都を結ぶ「塩の道」として有名な「鯖街道(さばかいどう)」に通じている。(今回は通行止めで行けなかったが)
 さて、小浜湾に面したところにある「人魚の像」の説明文によれば、”八百比丘尼”が食べたのは南の海から海流に乗って湾内に迷い込んだジュゴンだという。”南の海”とは今でいう沖縄の石垣島や西表島方面だろう。ジュゴンはかつては南太平洋のオセアニアやポリネシアから八重山列島にかけて広く生息したらしい。しかし最近では好物の海藻が茂るサンゴ礁自体が減ってきて絶滅の危機さえ叫ばれる。沖縄では昔から琉球語で「ザン」と呼ばれてきた。琉球王朝が東南アジア圏と東アジア圏を結ぶ中継貿易で栄えた15世紀(わが国では室町時代)、首里(シュリ)王府は、八重山列島のアラグスク(新城)島の海域でだけ、その捕獲を許可していた。ザンの肉は子牛の肉によく似ているらしい。もともと地元の人たちの貴重なタンパク源であり、しかも旨かったんだろう。どんどん捕獲されただろうことは想像できる。ザンは食用の干し肉の他、皮革や油脂、媚薬(びやく)の原料などがとれた。支配者が目をつけないはずはない。実際、明国朝廷から派遣されてくる使節をもてなす料理にザンの肉を使ったメニューがあるとの記録がある。アラグスクの上地島には、ジュゴンの骨がワンサカ祀ってある場所があるとのこと。地元では「イショ・ウガン」というそうだ。現在は「人魚神社」などと命名している。
 そういえば、今でも那覇市内に「若狭」と名付けられた町がある。やはり”海の道”でつながっていたんだろう。島国でも、決して、周りの地域と無関係に、孤立して歴史を重ねてきたわけではないのだ。

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「人魚の浜・海水浴場」のお隣には、小浜湾を背景に、このような像が、まるで双子デュオのように並んでいる。

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手前の巻貝は、日本で夜光貝(ヤコウガイ)と呼ばれる貝か。琉球の特産物で、螺鈿細工(らでんざいく)の原料として、かつて中国(明朝)でも珍重された。

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「マーメイド・テラス」に設置される「人魚像」建立の趣旨。

歴史とは歴史はたんなる昔の出来事ではない。現在と将来につながっているものだ。今とこれからのためになるものだ。当サイトの姿勢でありたい。

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