郊外ではよくみられる光景。家の人に聞くと、自家製で毎年作っている、とのことだった。
桃栗三年、柿八年。実りの季節だ。干し柿が家々の軒先に吊るされるさまは僕のイメージする里山の原風景の一つだ。干し柿は、皮をむいた柿を木の枝に通し、両端をつぶして吊るして作る。今はビニールの紐(ひも)を利用することが多いようだ。
いろんな菓子類が世間にあふれる現代人にはピンとこないけど、昔、”甘いもの”はものすご~く貴重品だったのだ。昔というのは15世紀。1400年代。わが国では室町時代初めごろ。そんな大昔ではない。その頃、朝鮮王朝時代のお隣り、コリアでは干し柿づくりが盛んで、眼と鼻の先の対馬(つしま)への輸出品の一つだったほどだ。「乾柿(ヨンシ)」とか「串柿(コッカム)」と呼ばれ、永い間人々に親しまれてきていた。干し柿の表面にできる白い粉は甘味(かんみ)の素になった。砂糖がまだ普及してなかった東アジアでは貴重なものだった。今で言う”スイーツ”の一種だったろうけどわが国では庶民には手の届かない高級品だった。
今日、わが国では柿の木は特に珍しいものではない。新興住宅地はともかく、どこの街中でも目にすることができよう。ちょっと郊外なら、何世代か経た旧農家風の家の庭や畑には柿の木がよく植えられている。そういえば、柿の木はもともと日本列島に自生していたものではないという。おそらくヤマト政権をつくったかの地からの渡来人によってもたらされたんだろう。
『プルコギ』(2006年公開作品)という映画作品がある。プルコギは漢字では「火肉」と表記する。ハングルで「炙り肉(あぶりにく)」、「焼き肉」のことだ。副題がズバリ! THE 焼肉ムービー。あの作品のなかでも、干し柿が、いや”吊し柿のある光景”が、重要な役割を担っていたね。日本でも昔からなじみ深い荏胡麻(えごま)。その葉っぱを使ったキムチ(ケンニップ)を漬け込むときに使う隠し味が、他でもない”干し柿をすりおろしたもの”なのだ。
確かに焼肉のタレの隠し味として干し柿のすりおろしは相性バツグンだ。その背景には何千年に及ぶ深~い関係があるようだ。
「これは、干し柿にするものとは種類が違う」と、農家のおばあちゃんが教えてくれた。


