JR穂高駅前を”出航”した直後の「子供船」の一艘(いっそう)。山車(だし)は船そのものだから一艘、二艘と数えるのだよ、と地元の人から教えられた。毎年9月27日頃の年中行事になっている。(写真は2007年のとき撮影)
「御船祭(おふねまつり)」という名前のついた祭りは、北海道を除くこの日本列島の、それこそ全国津々浦々にある。紀伊半島の熊野(くまの)、関東の大磯(おおいそ)や常陸大津(ひたちおおつ)などなど…きりがない。
いかにも海洋民ぽいにおいのするお祭りだなあ、と以前は思っていた。しかし。興味深いのは、いっけん海と縁がなさそうな山国にもこの種の祭りが古くから伝えられていることだ。
信州・安曇野(あずみの)に行ったとき実際に見た「御船祭」もそのひとつだった。地名の「穂高(ホタカ)」は明らかに当て字だし、「ホ」はむかしの船の命であるマスト、ズバリ!「帆」のことだ。
「御船祭」は古代海洋民「アズミ族」ゆかりの祭りといわれる。この「アズミ族」というのも、北九州の宗像(ムナカタ、ムナガタ)同様、正体がはっきりしない。アイヌ民族がこの日本列島の先住民族だったというのはもはや言い訳無用の事実だろう。とすると、それ以外は彼らより後に、どこかよそから入ってきたことになる。しかも全人類アフリカ大陸起源説が実証された現在、朝鮮半島と中国大陸、東南アジア島嶼部を含めた東ユーラシアから日本列島へという人の移動が最も自然で現実味がある。
漢字表記は異なるが北九州地域にも「アズミ」というところがあり、そこが「アズミ族」の本拠地だという。ではその前はどこから流れてきたのか? いまだ納得できる回答はない。しかし、かつて中国華北部の政権によって歴史書に「倭人」と記録された人々とか、中国の春秋戦国時代に滅びた「呉(ご)」や「越(えつ)」からの移民などを含めて、僕ら日本人の祖先の一つではないか、という察しはつく。
漢字といえば”漢字検定ブーム”も日本人のルーツを思わせる。漢字の本家、中国が簡体字を、韓国がハングル文字を普及させた一方、日本人の漢字へのこだわりは普通ではない。
日本人の海の向こう(アジア大陸側)に対する複雑な感情は、何らかの事情のため後にしなければならなかった”故地(こち)”への想いが見え隠れしているようだ。
ちなみに、安曇野は日本海側からは意外に近いという事実を思い知った。かつて「塩の道」と言われたルートで海とつながっているんだ。日本海側を「裏日本」だなんて明治以降造られたまやかしにすぎない。若狭の小浜(おばま)、越前の敦賀(つるが)、越後の直江津(なおえづ)など東アジア史に登場する港町は日本海側のほうが多い。古代・中世は今の日本海側こそが「主役」で「表玄関」だったんだから。第一、「日本海」という名前自体が近代以降につけたもの。国家のワクですべてを見ていては真実は見えないぜ。いわば「日本海」は東アジア世界の地中海だ。それは東シナ海や南シナ海などとつながっている。世界地図でアジア大陸側から日本列島を見てほしい。どんな姿が見えますか?
穂高神社の鳥居をくぐる大人船。前後にせりあがったスタイルは、昔の帆船の船首と船尾を思わせる。さすがの、迫力です。


