『琉球王国 -東アジアのコーナーストーン (講談社選書メチエ)』赤嶺 守
このあいだテレビでニュースを観ていたら、政府要人が、沖縄県知事に、沖縄防衛局長の失言を陳謝してるシーンがあった。所は沖縄県庁の知事公室。その背景に、漢文が書かれた屏風が見えた。あれが有名な「万国津梁(ばんこくしんりょう)の鐘」に刻まれた銘文(めいぶん)を写したものである。沖縄が最も輝いていた琉球王国時代に”琉球は万国の懸け橋である”と、自らが、アジアのなかで貿易立国を国の理念として宣言したものだった。
さいきん、地域ごとの個性や独自性を活かした生き方が様々な分野で求められるようになってきた。国内だけの話じゃない。世界的にみてもそうだ。”米国の裏庭”などと揶揄(やゆ)された中南米諸国が自らの地域での主人公となるべくCERAC(中南米カリブ海諸国共同体)を発足させた動きなどもその一つだろう。
わが国でも、「薩摩侵攻」以前の沖縄の伝統芸能や独自の文化が、より広いアジア規模の視点でとらえ直されようとしている。
「薩摩侵攻」以前とは、わが国でいう「中世」に相当する時代。沖縄では「古琉球」という。今の沖縄を理解するうえで、とくに琉球王国時代は無視できない。
沖縄は資源の乏しい地域だ。しかし、周辺諸国との付き合い方一つみても学ぶところがあるんじゃないか。その全盛期には、東アジア圏と東南アジア圏を結びつけていた中継交易国家だった。日本に武力によって取り込まれてからだけが、沖縄のすべてではないのだ。
「琉球王国に関する歴史像を深めることは、琉球史の側の問題であるにとどまらず、日本史や東アジア史を豊かにする作業にもつながる」
かつて、沖縄出身の歴史家、高良倉吉(たから・くらよし)氏はその著書(岩波新書『琉球王国』1993年)でこう言っていた。
この本は、その志を継いで、内容をさらに充実させている。沖縄が日本とは異なる年月を積み重ねてきていることがよく理解できる。その積み重ねた年月は歴史となり文化となって今も息づいているわけだ。
年号や事件の名前を覚えても歴史を学んだことにはならない。今、目に見えるものだけにとらわれず、当時を生きた人たちの想いに、想いをめぐらせることが必要じゃないか。
おそまつな歴史観からは「またかよ…」という失言しか生まれない。まともな沖縄観を養うなら、この本ぐらいは読みたいものだ。
『歴探おススメ本』のエントリ
- 『もう一度観たくなる「海峡をつなぐ光」孵化編』海峡をつなぐ光製作委員会・著、(株)平成プロジェクト・監修、知玄舎(C)2011
- 小説『李藝 最初の朝鮮通信使』金住則行(かなずみ・のりゆき)・著 河出書房新社(C)2011
- 『琉球王国 - 東アジアのコーナーストーン』(講談社選書メチエ)赤嶺 守(あかみね・まもる)・著 講談社(C)2004
- 『日本人はなにを食べてきたか』(角川ソフィア文庫)原田信男(はらだ・のぶを)・著、角川学芸出版(C)2010
- 『正倉院の謎』(新人物文庫)由水 常雄(よしみず・つねお)・著、新人物往来社(C)2011
- 『食べる』西江雅之(にしえ・まさゆき)・著、青土社(C)2010
- 『オバサンとサムライ』養老孟司/テリー伊藤 宝島社(C)2004
- 『伽耶(かや)は日本のルーツ』澤田洋太郎・著 新泉社(C)1994



