わが国では長い間、スポーツは”運動”と呼ばれ、強いからだをつくり国家に奉仕するための国策の一部でしかなかった。この国のスポーツの歴史を俯瞰(ふかん)すれば一目瞭然だ。戦後も基本的に変わらない。一方で勝つことだけを強要される狭い”スポーツ界”があり、一方ではスポーツを楽しむ場さえなかった大多数の人々がいた。それがこの国の現実だ。日本は政治的、経済的には大国の仲間入りを果たしたかもしれない。しかしスポーツ大国とはいえない。世界有数の金持ち国なのに、ナゼさまざまな競技の企業チームが休部や廃部に追い込まれ、選手がつらい思いをするのか?
この本は、日本社会と日本サッカーをよく知るひとりのサッカー指導者から日本人へのメッセージなので、話をサッカーにしぼろう。世界共通のスポーツ、サッカーという切り口でみれば、政治大国や経済大国が即サッカー大国になれるわけではないことがよくわかる。それがサッカーというスポーツの面白いところでもある。W杯も刻一刻と近づいているのでW杯の話をしよう。日本代表は1998年にはじめてW杯本大会に出場した。ほんの12年前だ。来る6月の南アフリカ大会で4大会連続出場になる。これはスゴイ躍進だ。出るだけでも大変な大会なのだから。しかし日本人はまだまだサッカーそのものをよく理解していないようだ。日本代表がW杯初出場を決め、日本中が「ジョホールバルの歓喜」に沸いた頃、公共体育館で「ここではフットサルができますか? 」とたずねた。フットサルって何? って逆に聞かれたことを思い出す。フットサルは世界のサッカー先進国ではどこでも盛んだし、有名なサッカー選手は必ず経験してきている。「フットサル? …ああ、子供のやるミニサッカーのことね」程度の認識だった。フットサルの何たるかも知らなかったのだよ、日本人は。日本サッカーの現実をよく知っていれば、今の時点で「W杯の目標、ベスト4」という現実離れした目標は出てこないんじゃないのか? これは、サッカー関係者では発言しにくいことだから、代わりに僕が言わせてもらう。日本人は野球を見る感覚でしかサッカーを見ていないんじゃないのか? その感覚は、戦後60年、日本がアメリカを通してしか世界を見てこなかったことともシンクロする。
このIvica Osim(イビツァ・オシム)さんの著書は翻訳者である長束(ながつか)さんの正確な言葉選びのおかげで非常に著者のナマの言葉が伝わってくる。今まで海外からいろんなタイプのサッカー指導者が来日し、各地域のクラブあるいは代表を育ててくれた。それぞれに素晴らしい実績を持った人たちだった。そのなかでもOsim(オシム)さんはこの国のレベルに最も合った指導者ではないかと僕は個人的に思う。何をするにも大事なのはまずわがチームがその世界でどのレベルにいるかを正確につかむこと。現実的な目標はそこからしか見えては来ない。この本は僕たちにこの社会のいろんなことを考えさせてくれる。
『歴探おススメ本』のエントリ
- 『まれびとたちの沖縄』(小学館101新書)与那原 恵(よなはら・けい)著
- 『カムイ伝講義』田中優子・著
- 小説『悪党の戦(あくとうのいくさ)』金 重明(キム・チュンミョン)著
- 『バルサとレアル スペイン・サッカー物語』
- 『百済武寧王の世界 海洋大国・大百済』蘇 鎮轍(ソ・チンチョル)・著
- 『日本人よ! 』Ivica Osim著、長束恭行・訳
- 『ローマ文化王国 新羅』由水常雄・著(新潮社)
- 小説『オペラ座の怪人』ガストン・ルルー作、長島良三・訳(角川文庫)
- 小説『孤将(こしょう)』(新潮文庫)金薫(キム・フン)・著、蓮池薫・訳
- 『歴史のなかの米と肉』(原田信男・著)
- 『日本海はどう出来たか』能田 成(のうだ・すすむ)・著



