韓国の作家、金薫(キム・フン)さんの歴史小説の日本語訳作品だ。拉致被害者の蓮池薫(はすいけ・かおる)さんの翻訳家デビュー作でもある。
蓮池さんがコツコツ書いてきたブログ手記をまとめた『半島へ、ふたたび』のなかでも語っているけど、原作者と翻訳者の名前が偶然同じ。縁のようなものを感じた。
作品の時代背景は、わが国では豊臣秀吉が天下をとっていた頃だ。長いこと年号で「文禄・慶長の役」などと呼び習わしてきた。「役(えき)」って何!? 隣国への、ただの押し込み強盗じゃん! 今日でもコリアでは「壬辰倭乱(イムジン・ウェラン)」「丁酉倭乱(チョンユ・ウェラン)」と呼ばれている。前後7年に及ぶ悲惨な侵略戦争だった。これが結局は秀吉政権崩壊の原因となっていくわけで、自業自得なのだが、あの戦争に動員された両国の多くの名もない人々にとってはたまったもんではない。
日本では、”加藤清正の虎退治”などに代表される日本側武将の武勇伝でしか語られてこなかった傾向がある。無謀で無意味な侵略戦争の事実は隠され、英雄談としてのみ美化されてきた。
この作品も小説だからひとつのフィクションではある。しかし、具体的な話は実際に両国に残る貴重な文献資料などに基づいている。この作品の主人公、李舜臣(イ・スンシン)の手記(『乱中日記』)などは当時を知る第一級資料だが、僕ら一般人がそういう資料があることを知ったのはつい近年だ。
イ・スンシンは今でも多くの人々から尊敬されている。だが、よくあるスーパーマンのようなヒーローものになっていないところがいい。困難な時代を懸命に生きたひとりの生身の人間が描かれている。そこに共感をもった。蓮池薫さんはこの翻訳でいい仕事をした。そのおかげで、僕はまた一つ読みごたえのある作品と出会えた。
『歴探おススメ本』のエントリ



