『歴史のなかの米と肉―食物と天皇・差別 (平凡社ライブラリー)』原田 信男
ふだん、意識するしないにかかわらず、人間はさまざまな生きものの命をもらって生きている。動物の肉を食べるのは残酷なことなのか?! 去年公開された映画『ブタがいた教室』は、そのテーマを問う。作品の出来はともかく、これまでないがしろにしてきたテーマに正面から取り組んだことは評価できる。
この本は、それまで”盲点”だった<食文化>という切り口で、この国の根っこを掘り起こす興味深い試みとなっている。
たとえば歴史上、よく引き合いに出される、天武天皇が出したいわゆる”肉食禁止令”(西暦675年)。この法令では、当時の主要な食肉獣である鹿とイノシシは除外されていた。しかも、4月~9月の期間限定付き! その政策は、春から秋は庶民を農耕(つまり米作り)に専念させたいという支配者の思惑(おもわく)が背景にあった。なぜなら、米は支配する側が支配される側から「租税」として徴収してきた特別な食べ物だからだ、という著者の指摘は鋭い。
また、明治の”文明開化”とやらで、はじめて肉食が普及したわけでもない。6世紀に仏教を取り入れて以来、動物の殺生(せっしょう)を野蛮としたり、肉食を忌避(きひ)したりする風潮は生まれたけれど、もともと肉食一般(魚介類を含む)を禁じた法令などこの国になかったのだ。第一、肉食を禁じて庶民の食生活は成り立つのか? かつては、米をつくっていた人々の口には米は入らなかった。”尊い”食物とされた米はすべて”貴族”たちに収奪された。一般人は生きるためには殺生をして肉を食うしかあるまい。
列島社会で「日本」という国家がつくられてからも、犬や鳥を含めたさまざまな動物は身近で重要なタンパク源だった。僧侶だって”薬餌(やくじ)”と称して肉を喰っていたではないか。生肉や内臓さえも食べられていたという記録だってある。昔話に登場する動物は、みんな先人が親しみ、食べていた。
にもかかわらずである。なぜに、食肉業に携わる人々を差別したり、肉食をケガレとするようになっていったのか? 著者は、肉の文化を米の文化と対比することで、ひとつの巧妙な政治システムがその背後にあることを浮かび上がらせていく。(OのF)
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